持続的成長のためには低価格より高価格路線

 いつの時代でも、低価格路線より、高価格に見合う付加価値を創り続けている企業の方が業績は良い。企業は、長引くデフレ経済の中で、売上げや市場シェアを拡大するために常に値下げの誘惑にかられる。また原材料価格が高騰した場合でも、血のにじむようなコスト削減努力を行い、値上げを回避しようとする。
 しかし無理なコスト削減を続けると、企業体力を奪い新たな開発投資も難しくなり、縮小均衡に陥る。特に人件費の削減は、従業員のモチベーションを低下させるだけでなく、回りまわって日本全体の購買力を減少させる悪循環にもなる。
 生活者は、コモディティ化した商品には低価格を求めるが、「幸せな気分になる」「環境問題に熱心」などの付加価値を持つ商品やサービスに対しては、多少価格が高くとも受容する層が少なからずいる。


高付加価値化で復活


 メガネスーパー(’73年~)は、ピーク時には全国で550店を展開していた。しかし低価格路線を取るJINSなどの新興勢力に市場を奪われ苦境に陥り、ファンドが再生支援に入った(’11年)。同社の強みを再確認すると、検眼などの専門的ノウハウに優れている。また顧客層は40代以上が約7割と多く、老眼などの悩みを抱えていることも分かった。
 そこで同社は、価格競争から脱却し、中高年顧客層の目の悩みや課題を解決するために事業コンセプトを「アイケアカンパニー」と再定義。そして有料でも詳細な検眼や丁寧なフィッティングを行い最適な眼鏡を提供。また生活の中で眼鏡は、デスクワーク時や運転時など目的に応じて使い分けた方が、視力の最適化や負担の軽減につながるため複数眼鏡の提案も行う。さらに不満がある場合は、半年までなら何度でも無料でレンズ交換に応じる有料保証サービスも導入。その結果、平均購入単価は、倍以上の3.8万円にもなる。さらに老人ホームなどの「眼鏡難民」を対象に、眼鏡の販売や調整などの出張サービスを始める。外出がままならない入居者に喜ばれると同時に、新たな市場も開拓した。同社は、中高年層の老眼などの悩みにフォーカスし、高価格でも一人ひとりの顧客に手厚いソリューションを提供することで再生した。
 マクドナルドは、現在、外食産業の勝ち組みとなっているが、過去には、低価格路線による苦い経験を持つ。バブル崩壊後の90年代初期、牛丼やコンビニ弁当との競合が激化する中でマクドナルドは、客数増を狙い多店舗展開とカレーライスなどの多メニュー化を行う。そして平日60円、その後「59円マック」(’02年)などの超低価格路線を押し進める。これは生活者の支持を得て、デフレの勝ち組となった。しかしこの低価格路線を繰り返す中で、「安いマック」が定着しブランドイメージが大きく崩れて客離れが起きる。その結果、売上げも利益も大幅に低下し経営危機に陥る。
 再建のため、’04年にプロ経営者と言われる原田泳幸氏がCEOに就任。そして取り組んだのはサービス品質の向上、「100円マック」への値上げ、クーポン割引の多用などだ。この施策は、ある程度の集客増と売上増を実現したが、低価格路線は継承しており抜本的な改革には至らなかった。
 次に、サラ・カサノバ氏がCEOに就任(’13年)。その後、期限切れ鶏肉使用問題(’14年)が起き、深刻な客離れが広がる。この状況に、同氏と経営スタッフは、現場に赴き顧客や店側の意向を真摯に傾聴する。そして顧客と店舗スタッフの意見を取り入れ、顧客に嬉しい価値商品を新たに開発。原価上昇分は価格に上乗せする。またクーポンの乱発などは止めたり、古くなった店舗の改修などを行いブランドの回復を図った(’16年~)。
 例えば、「グランビッグマック」は、ビーフパティをビッグマックの1.3倍にして価格を540円に、またより魅力をアップした「バリューセット」などは、700~1000円と高価格に設定した。さらに夜もしっかり食事を取りたい人向けに「夜マック」も開発。これらの商品は、追加料金で量を増やしたり、またセットの充実は既存商品の組み合わせを行うなどで、開発費を極力押さえて客単価の向上を実現している。但し、低価格メニューも用意しており、顧客の離反は少ない。
 コロナ禍の状況で客数は8.5%減となったが、客単価は16.7%上昇。またデリバリーやテイクアウト、そしてドライブスルーの利便性向上努力もあり、売上高は、過去最高の5892億円(前年比7.3%増)となっている(’20年)。


独自の統合価値を創る


 高価格でも受容される商品やサービスには、共通の特徴がある。まず提供するコンセプト、即ち「ど真ん中の価値」が分かりやすく明快であること。次に、顧客の課題を解決する機能的価値に優れている。しかも多様化している顧客ニーズにきめ細かく対応している。
 そして「心をワクワクさせる」独自の情緒的価値を創り出し、消費や使用の楽しさも提供。さらに生活者の関心が高い社会的課題の解決にも積極的に取り組んでいる。この様な価値を市場の動きに応じて統合させ、割高でも納得できる魅力的なブランドを創り続けているのだ。
 今後生活者に支持される商品やサービスは、「コスパがいい」か、「心豊かになる」かが選択基準になる。「コスパがいい」のは、規模の経済が働く企業で、業界で1~2社程度だ。市場細分化が進む時代は、むしろ「心豊かになる」価値を開発して共感を抱いてもらうことが勝機につながる。


組織と個人のマインドセット 


 長引く不況の中で、日本企業は、コスト削減は得意技になっているが、逆に、独創的な価値開発力は劣化している。これでは市場で勝ち残れない。組織全体をダイナミズムのある価値創造組織に転換する必要がある。
 そのためには従業員一人ひとりが、生活者をより深く理解して価値開発に対する探究心を強化するマインドセットを行うことが不可欠だ。そして企業の役割は、個性や才能を発揮できる環境整備を行うことだ。
 また無駄なコスト削減努力は必須だが、低価格路線による開発投資や人件費の削減は、未来の成長機会を奪うことになる。行うべきことは、適切な利益を確保して顧客の心に響く価値開発投資を続けること。そして高価格でも価値に共感する顧客開発を行い、その市場を拡大することで持続的成長を目指すべきだ。

縄文コミュニケーション株式会社 福田 博


2022年06月16日