コラム一覧

人生100年時代 新たなマーケティングの視点


 日本人の平均寿命は、男性80.98歳、女性87.14歳と香港に次いで世界第2位の長寿国だ。しかも65歳以上の平均余命でみると男性84.41歳、女性89.38歳にもなる(‘16、厚労省)。今後、医療の進化や生活習慣の改善等により寿命がさらに伸びることが予想され、いよいよ人生100歳時代に入った。
 これまでのライフステージは、「教育」時代を経て、終身雇用の「仕事」に就き、60歳位で「引退」して老後の10~20年位は年金で暮らすというパターンが主だった。また家族モデルは、会社員の夫と専業主婦と子供2人の4人が標準世帯であった。企業や国はこれを基準に、市場戦略や社会保障を行なっていたのだ。
 しかし寿命が大幅に伸びる長寿社会では、この様な画一的な人生モデルや世帯モデルは終焉し、多様なモデルになる。企業は、その様な変化を先取りして、生活者に新しいモデルを提案することが求められている。

100年ライフで予想されること

 
 我々の人生設計やライフスタイルは、寿命によって規定される面が多い。そして人生100年時代になると、与えられた長い期間を「不快で残酷な長い人生」という苦悩にするか、「多様で幸福な人生」という恵みとするかは、個々人が問われる。同時に、企業の市場戦略も問われている。
 「健康」を考えて見よう。高齢になると認知症や骨粗鬆症などの老人性疾患が増える。認知症は、低度を入れると現在約860万人に達する。しかし老人性疾患は適切な予防により発症を大幅に遅らせることができる。それ以上に健康寿命を延ばすことで、就労も可能になり、社会保障費も抑制される。その様なニーズに対応する新たな健康サービスが待ち望まれている。
 「生活費」は重要な課題だ。これまでは引退後、10~20年で死亡していたので今までの蓄えで何とか生活できた。しかし定年が65歳まで延長されたにしても100歳まで35年間もある。この間を預貯金と年金で対応すると、貯金の取り崩し年間120万円×35年間で4200万円、そして年間年金額200~300万円×35年間で7千万円~1.05億円に達する。しかも人生も終わりに近づくと医療費や介護費も必要になる。これでは自分の預貯金だけでは対応できず、また社会保障関連の財政も破綻する。金融資産約1800兆円の8割を持つ50歳以上の層が、老後に備えて消費を控え節約に取り組んでいるのが実態だ。
 「仕事」では、既に変化がある。退職後、ボランティアや趣味の活動をする人はいるが、多くの人にとって仕事から離れることは、収入もなくなり健康寿命も損う。現実に、65~70歳層の約3割は働いている。今後は、70~80歳代まで働くことは当り前になり、高齢者の多様な労働市場は拡大する。
 「世帯」も変化している。‘20年の家族類型別世帯数は、「単身世帯」34%、「夫婦のみ」21%、「夫婦と子供」26%、「ひとり親と子供」10%と予測されている(国立社会保障・人口問題研究所)。今後は、未婚化や定年離婚に加え、老人独居世帯が増えて世帯がさらに小さくなり、単身世帯需要が主になるのだ。
 「共同体」では揺り戻しが起きいている。日本では、非正規雇用や格差が拡大する中で自己責任という考え方が浸透し、他人を慮る心、そして企業や地域などの日本的共同体を崩壊させてしまった。「自力で生活できない人を政府は助ける必要がない」と考える人は、中国9%、英国9%、独7%、米国28%に比べて、日本は38%と突出した結果になっている程である(The Pew Global Attiudes Project 2017)。しかし長寿社会では、幸福感の実現や生活合理性の観点からも多世代にわたる「自助・互助・公助の共同体」は必須だ。そのような状況を先取りして、生活者自らがシェアリングなどの共同体の仕組み直しや人間関係の舫い直しを始めている。

人生は単線から複線、そして複々線になる

   
 人生100年時代は、エイジとステージは同じ必要がない。自分や家族の幸せのために、マス時代のロールモデルなど参考にせず、生活者自身が人生を設計することができる。
 特に、収入と社会との関わりが持てる仕事は重要だ。現在は、技術進化のスピードが速く、市場も仕事内容も変化している。繰り返し単純労働はロボットに置き変わり、AIの導入により現在の仕事の半分はなくなるという予測もある。企業が求めるスキルや能力は大きく変わり、また自分自身の能力や体力も変わる中で、50~60年も同じ会社に勤務することは難しくなる。むしろ仕事内容は、もっと自由で選択肢があった方が良い。そこで重要になるのが「学び直し」だ。キャリアチェンジや新しい仕事に対応するための新たな知識や能力を習得するのだ。そのための費用や人的ネットワークを備えておくことは重要になる。
 ポジティブに考えれば、寿命が長くなると人生の各ステージで様々な選択肢が生まれ、仕事や生活の面で新たなチャレンジの可能性が出てくるのだ。同じ路線を歩むだけでなく、転職も楽しい人生になる。

「ジェロントロジー」の視点で市場を読み解く


 生活者は、高齢になるに従って、生き方、働き方、価値観、健康状態、生活スタイル、経済状況などの個人差がより一層拡大する。これからのマーケティングには、1人ひとりの人生のニーズに応え、全生活を適切にサポートすることが求められる。その様な超高齢化社会の課題に対応する研究としてジェロントロジー(老齢学)が注目されている。
 対象分野は、健康や医療だけでなく、法律、コミュニティ、家計、資産運用、住宅設計、さらに社会保障制度、街づくり、生活行動支援技術など幅広い。高齢者にとっては、部分最適ではなく統合的な全体最適のサービスが必要だ。そのためには個々人の生活状況やリスク要因などを的確に把握して対応することが重要になる。
 人生100年時代の人生設計は、高齢者だけの課題ではなく、次に続く、子供や若者達も含めた全世代のテーマでもある。生活者自身が、未来への洞察を行い、幸福な人生を楽しむための人生設計を行なうことが大切だ。そして企業にとっては、生活サービス産業の大きな転換期に遭遇しており、従来の常識とは違うライフデザインを通じて新商品の提案をするチャンスが到来しているのだ。
 次回は、人生100年時代になると「長すぎる老後」によって生まれる市場は、どの様なものになるのかを考えてみよう。

縄文コミュニケーション(株) 福田博
「企業と広告」((株)チャネル)のコラムより 2017/12/21

2017年12月21日

100年ライフ、「長すぎる老後」が生み出す市場


 65歳以上の高齢者人口は、’16年で3461万人(人口の27.3%)、そして’40年には3,868万人(人口の33.2%)となり、なんと3人に1人が高齢者になる(総務省統計局)。高齢者は、その特性から従属人口とみなされ一定の社会的な保護を受けることができる。しかし現実には、高齢者の健康寿命は確実に延びている。その様な実情を踏まえて日本老年学会は、「老人の定義を75歳以上」とし、65~74歳は、社会の支え手と捉え直すよう政府に提言している程である。この再定義が実現すると、老齢人口は、13%と半減し、労働人口は1760万人増える(‘16年基準)。凄いマジックだ!
 これからの日本には、これまで人類が経験したことがない「元気で金持ち時持ち」の80代、90代、100代のアクティブなシニアエイジャーが数多く登場する。そしてその人々の生活を豊にする新たな市場が生まれる。しかも100年ライフは、次の世代にも連鎖する市場であり、生活サービス産業の地殻変動が目の前に迫っているのだ。

単品ではなく融合した市場が生まれる


 高齢層は、年齢とともに健康やライフスタイル、資産状況、就労状況、趣味や価値観などの面で個人差が大きくなる。そのため市場創造に当たっては、1人ひとりに心地よいトータルな価値を提供することが基本だ。そして不安などのネガティブ要因を払拭し、生活が快適になるポジティブ要因を徹底的に深掘りすることが重要になる。また新たに「単品ではなく統合的な商品サービス」「所有や使用に伴う煩雑さからの解放」「『死ぬリスク』から『生きるリスク』への担保」などの視点も有効だ。
 食と健康の融合を考えて見よう。既に、「個客」の健康状態や生活習慣、そして遺伝子情報などに基づいて、単に健康食品の提供だけではなく、健康に貢献するサービスを付加した複合的な商品が提供されている。例えば、ネスレ日本は、不足栄養素を補うためウエルネス抹茶カプセルを宅配すると同時に、脳トレで脳を鍛える付加サービスを提供する。老化防止という付加価値を一体化させた複合商品だ。
 家電や住設機器などは、IoTでつながり利便性を高めている。シャープの冷蔵庫は、行動パターンや嗜好を学習しながら、生活者に適切なタイミングで最適な食材管理やメニュー提案などをアドバイスしてくれる。今後は、電子レンジとつながり、個々人に合わせたメニュー提案を行い食生活の簡便化や料理の時短に貢献する。その先には、個客DB対応のコンビニ宅配や食品メーカーECとのアライアンスも待ち受けている。
 またトイレや風呂や冷暖房機器などの住設機器に埋め込まれた各種センサーを接続させることで、健康管理や光熱費運用の最適化が実現できるのも嬉しい。例えば、便器やベットに実装したセンサーとウエアラブルのバイオセンサーを連携させれば、24時間の健康管理が可能になる。そして地域の病院や薬局と提携することで、異常値が出たときは検査を受け、未病の内に治療することもできる。単機能ではなく、関連する商品やサービスを新結合させることで新たな健康サポート価値が生まれるのだ。
 高齢化社会では、所有より利用価値を重視したサービス経済化が加速する。100歳まで物を買い続けたら場所や廃棄の問題は大変だ。自動車などの耐久消費財は、使用便益と維持の手間とコストを比較すれば、むしろシェアリングなどの非所有の方が合理的な点が多い。家もライフステージに合わせて広さや立地を選択し、賃貸で住み替える人が多くなる。特に高齢になると、不便な郊外ではなく都心居住の方が生活利便性は高いし移動も楽だ。所有でなく賃貸の方が、煩わしさもなくなる。
 使用価値に軸足を移すと懸念されるのは、賃料や使用料を生きている間、払い続けることだ。これまでは、家族のために死ぬリスクを考えてきたが、これからは長生きによる生活費や病気などのリスクをどう担保するかが課題になる。となると金融資産運用と仕事で収入を得ることが必須だ。

生涯現役でプラスαの収入を確保する


 これからの高齢者は、年金だけで豊かな生活を送ることは難しい。健康であれば働いて収入を得ることで、生活に多少なりともゆとりを持たせることができる。しかも仕事をすることは、健康にも良い影響を及ぼす。
 高齢者は、長年の経験で培ってきた今でも通用する専門スキルやコミュニケーション能力を持っている。高齢のお客に対しては、経験値の少ない若者より、顧客視点で物事が考えられ、顧客対応力も高い。例えば、資産運用や住宅などの商品販売は、裏も表も知り尽くした高齢者営業マンの方が適している。現役時代は、高いノルマ達成のため無理を承知でお客に商品を押しつけてきたが、収入も1/4程度で良ければ、顧客本位の支援が可能になる。
 そしてなによりも高齢者が経済活動に参加することは、社会全体で考えてもプラスの効果が大きい。高齢者が、積極的に社会を支える時代の到来だ。

個客対応型のプラットフォームを創造する


 100年ライフの新市場創造は、個客本位で考えることが基本だ。まず徹底した個客インサイトを行い、個客の表層的なニーズではなく潜在意識や価値観を把握する。そして従来の生活満足度などに加え、幸福感や健康や生き甲斐などの新たな発想の重要指標を開発することが求められる。それらが新たな市場創造の視点になる。
 次に、購買スタイルの開発だが、個客にとって嬉しいのは、利便性の高いワンストップ型サービスだ。必要なときに買物相談ができて、多様な商品の提供が可能で、また自分好みにカスタマイズ化されたネット&リアルの共通プラットフォームが効果的だ。
 そして販売される商品は、単機能でなく複合型で個客ベネフィットを最大化するサービス型商品が望ましい。またビジネスモデルは、継続して購入や利用してもらうリカーリング(継続的収益)や利用により支払うサブスクリプション(従量制と定額制)などが合理的であり、高い顧客満足度が得られる。そのための個客対応、配送、決済などのフルフィルメント機能や個客データの蓄積・解析などのパーソナル化の要素技術は既にある。
 100年ライフ市場では、顧客ロイヤルティの高い共通プラットフォームを先んじて導入した企業が勝ち組となる。


縄文コミュニケーション(株) 福田博
「企業と広告」((株)チャネル)のコラムより  2018/1/22

2018年05月01日

老犬が老人を元気にする

 

 ペットブームである。特に、高齢者の方達が、子育てから解放された反動としての寂しさからか、“癒し”や“新たな家族”作りのためペットを飼う家庭が増えている。最近のペットの傾向は、純粋犬化、小型犬化、そして室内化である。純粋犬化ということは、飼い主の“犬に対する思い”がかなり強くなる。犬の寿命は、大型犬12歳、小型犬14~5歳と一般的に小型犬のほうが長寿である。また、最近の栄養バランスのとれたペットフードや室内犬化は生活環境を好転させ長寿化をさらに促進している。


 その結果、7歳以上の高齢犬は、全体の約4割に達している。しかも犬だけでも約900万頭と多く、高齢化の問題は、何も人間だけの世界ではなく、犬の社会でも切実な問題となっている。
犬も動物であり、高齢になると年金問題はないが、健康に関しては、腎臓病、糖尿病、肝臓病、心臓疾患などと病名だけを聞いていると人間のものと見間違う程である。このままの状態が続くと、人間の高齢者も老犬も生活習慣病が拡大し、医療費も増加の一途をたどることが危惧される。

 一般的に老人だけの世帯に比べ、愛犬がいる世帯は元気である。愛犬は、家族の一員であり、特に老犬の場合、日頃の健康管理は飼い主の仕事である。自分の事だけを考えている訳にはいかないのである。また、老人にとっては幼犬、成犬と比べ、食事や時間の過ごし方、運動などの生活行動を共有するのに老犬の方が理にかなっている。
 例えば、食生活についてみると老犬は塩分摂取が殆んどダメであり、老人の低塩食を意識させる。また、必要カロリーは、老人も老犬も減少化しており、過剰摂取による肥満についても注意を促される。さらに、膝の関節にはグルコサミン酸、整腸作用にはオリゴ糖など老人にとっての大事な栄養素なども老犬と共有するものが多い。
 老人世帯は、運動不足になったり会話が少なくなる傾向にある。しかし、犬と生活すると毎日の散歩は欠かせぬこととなり必然的に運動量が増える。また公園や道端で、犬同士が興味を示せば、今度は、飼い主の出番である。犬の性格から始まり、好きな食べ物、嫌いな食べ物、躾の話、犬の血統、“犬の病気自慢”など止まる所を知らない。一人で家に閉じこもって、TVを観ているのと比べれば、楽しい会話があり、笑いがあり、老犬に関しての必要な情報交換も出来、自分自身の話、そして地域の情報交換も出来るようになれば、孤独な老人なんていうのは、どこ吹く風である。
 

 老犬がゆったりとくつろいでいる姿は、老人にもリラクゼーション効果を与える。老人は、日常生活の中で様々なストレスを感じているが、犬のヒーリング効果が、ストレスによる心拍数の上昇、血圧の上昇そして免疫システムの低下を防ぐ。明らかに心血管系や生活習慣に好影響を与えている。その意味では、老人は老犬から元気をもらっているといえる。
 本来、老人は子育ての実績があり、飼い犬を育て思いやる心は、確かなものがある。老人が老犬の健康に気遣うことを通して、自分の健康にも留意し、病気の早期発見、生活習慣病の改善のキッカケになり老人医療費が削減されればしめたものである。
 

現在、ペット市場規模は約1.4兆円であるが、飼い主の手厚い飼育により今後とも市場が拡大することが予測される。多くの市場が縮小均衡する中で、ペット市場は、少子高齢化社会のニーズにも適合しており、“宝の山”の市場である。となると、老犬と人生を楽しむための“シニアとシニアドッグの共遊生活”に視点を当てた市場も面白くなる。バリアフリー住宅、健康関連、ペアファッション、愛犬温泉旅行などの商品やサービス開発が目白押しになるのではないだろうか。


縄文コミュニケーション(株) 福田博

2019年01月09日

都心回帰と地方回帰の共存

 

 バブル崩壊後の地価下落、規制緩和が拍車を翔け、六本木ヒルズ、汐留、品川、丸の内、日本橋と都市再生花盛りである。また、都心部マンションの再開発により居住環境が改善され都心回帰が進んでいる。一方、地方は、地場産業や農業の疲弊により人口の減少、高齢化は進行し、このまま地域間の市場原理が働けば、都市と地方との乖離は開くばかりである。特に山間僻地は、高齢者ばかりとなり、そのうち人も住まぬ地域になってしまう。しかし、果たしてそうなのであろうか。


 筆者の知人で、現在一部上場企業の役員が、退職後は、鹿児島に転居し、好きな釣りを中心に執筆活動と農業をエンジョイする計画を決めている方がいる。すでに土地も取得し、新居も建築中である。公的年金に企業年金を加えると約400万円を超えるという。持ち家で、隣近所の人たちと新鮮な野菜をお互いに融通し合えば、充分、豊かに生活できる。都市に比べ、地方は生活コストが安いのである。


 時代は工業社会から知識情報社会に移り始めている。知識情報社会では、都市の基盤が“工場”でなく、“人間”になる。そして、「知」が社会の資本となり、“人間力”と“創造力”が価値を持つ時代になる。最近の強力な情報テクノロジーの発達が、それを大きく促したのである。となると、“工業都市”に生活基盤を依存する必要はなくなったのであるから、人口集積のため工業団地を造ったりと、地方が都市のマネをする必要はない。地方は、本来、自然環境は豊かで、人間が居住するに適したポテンシャルの高い場である。むしろ、地方は、自然条件を生かし、教育環境、文化環境、コミュニティなどを整備し、思わず住みたくなる様な独自の生活環境を作り出すことが重要である。 これからの時代は、企業誘致が先ではなく、“人”誘致が先なのであり、ソフト・サービス業などの企業は、良質な人を求めて集まってくるのである。


 人間は多様性の動物である。刺激的な都市生活が好きな人もいる。1日に、2~3時間もかけて通勤するより、職住接近で田園生活を望む人もいる。また、最近急速に増えている化学物質過敏症の方にとっては、生活環境どころではなく生存環境の問題である。あるいは、地方と都市を適宜住み分けする人種が出るかもしれない。
また、これからは、人生80年時代、二毛作、三毛作は、当たり前の時代になる。一生同じ所に住むのも良いが、仕事やライフステージ毎に居住地を変えたりすることも普通になる。あるいは、3~6ヶ月程度の短期定住構想もあるかもしれない。グローバル化の時代、夏は、青森県の八甲田山、冬には、コスタデソル、春と秋は東京なんていうのも、オツナもんである。


 現在では、団塊世代1000万人が企業を離れて、第2の人生に突入している。地方で育っている人も多くいる。ビジネス経験も豊富である。しかも、消費者としてもプロである。彼らの何割かは出身地に戻るかも知れない。
その地域の歴史と伝統、自然の恵みを利用し、また、情報インフラを使用し、新たな地場産業を起業するのも夢ではない。あるいは、今までの人脈と経験を生かし“都市に出稼ぎ”に行っても良いかも知れない。それが地方と都市との流動性を促すことになり、日本を活気づかせる誘因にもなる。もちろん若い世代も、負けてはいないだろう。
 今後は、都市も地方も“人間の心地よさ”を満足させる競争の時代に入る。となると未来に向けて早く発想の転換をし、豊かな生活環境を作り出した都市や地方が、人を集め発展する。
 さて、都市も地方も競って魅力的な時代になったら、あなたは、都市、あるいは地方、どちらを選びますか?


縄文コミュニケーション(株) 福田博
2019年03月02日

2019年03月02日

顧客ロイヤルティにつながる「延長保証」

 

 家電量販店でパソコンなどを買うと「メーカー保証期間は1年ですが、延長保証をつけますか」と当然のように聞かれるようになった。通常、商品を購入すると、家電製品は約1年程度、自動車は3年のメーカー保証が付いている。この保証期間内であれば、故障が起きても無償で修理を行う。しかし保証期間を過ぎると修理費用は自己負担で、しかも不具合状況の連絡から始まり、見積もりチェック、修理依頼の判断など慣れない作業に煩わされる。
 その様な煩雑さの解消や突発的な修理費用を回避するため、メーカー保証期間に加えて、3~5年程度の延長保証サービスが様々な商品に導入されている。延長保証の認知は、生活家電やAV家電では約7割、また利用経験者も約3割を超えているほどだ(テックマークジャパン調べ、‘17年)。

延長保証をマーケティングに活用


 メーカーや販売店などでは、購入客の安心を担保すると同時に、顧客の固定化を図るマーケティング施策として延長保証の加入を促進している。以前は、「日本製品は壊れにくい」との認識があり、有料で延長保証に加入することに違和感があった。しかし最近の商品は高機能化、多機能化、デジタル化して故障発生はメーカー保証を過ぎた3~5年後に故障率が上昇する傾向があり、顧客も不安に感じているところがある。
 そこで家電量販店などでは、購入時に付与されるポイントを活用して延長保証費用に充てるように誘導。また大手家電量販店の中には、クレジットカード機能を持つ会員カード利用者に対して、自動的に延長保証を付帯させ加入者を増やしている。この取り組みは、非会員に比べて、来店頻度や購入金額も高くなるという効果があるからだ。
 パソコンやスマホなどのデジタル機器の場合は、仕事や生活の必需品であり故障した場合の影響が大きく迅速なサポート体制が必須だ。ビジネス利用の多いパナソニック「レッツノート」は、通常1年のメーカー保証だが、購入後1か月以内にユーザー登録をすると合計で4年間の無償延長保証が得られる。また不具合時には最短3日で出張対応も行うので機会損失を最小限に抑えることができる。同社にとってもユーザー登録によりプロフィールが把握できるので、購入後の顧客とのコミュニケーションを強化できるメリットがある。
 住宅メーカーの延長保証も充実している。新築の場合、住宅の基本構造部分の瑕疵に関しては引き渡しから10年は、住宅品質確保促進法で保証されている。問題はそれ以降だ。住宅の場合は、雨漏りなどの不具合が見つかると数十万から数百万と高額な修繕費になる場合がある。その様な顧客の不安を解消するために、無償で保証期間を30年に延長する企業が増えている。さらにトヨタホームなどは、建物のタイプによって定期的な無料点検を行うことを条件に有償で延長保証を60年にしている。建物の無料定期点検を行う中で良好な関係を作り、建物の状態によっては外壁や内装などのリフォーム受託につなげるなど固定客化を促すことができる。
 自動車メーカーの一般保証は、各社一律で新車登録から初回車検を迎える3年目以内(もしくは6万kmまで)が基本だ。延長保証は、有償で保証期間を5年(ただし10万kmまで)に延長できる。ハイテク化した自動車の故障は、数万円から数十万円かかるので所有者にとっては安心感のあるサービスといえる。但し、この特典は初代オーナーだけの特典で、車両名義が変わると延長保証は消滅する。継続希望の場合は、正規ディーラーで有料の保証継承点検と2年延長保証加入料が新たに必要になる。これは顧客中心が常識になっている現在では、一昔前の企業都合の仕組みであり今後の改善が望まれる。

最適な延長保証制度を創る


 延長保証制度の目的は、故障時の不安を取り除き、顧客満足度を向上させて継続顧客になってもらうこと。そしてメーカーや販売店の企業力や商品特性、そして修理の経験値に応じてそのスキームは異なるが、重要なのは、修理業務運営と想定修理費用リスクの最適化を実現することだ。
 延長保証業務を自社で行う場合は、修理に係る人件費や見積もり精査などの専門性や事務コスト、そして採算性の検証や修繕引当金等の計上など煩雑な作業が必要となる。あるいは修理に係る受付対応や修理手配などの運営業務一切を専門の延長保証会社に委託し、修理費用リスクは延長保証会社が保険会社に請求するというスキームもある。この場合は、運営や修理費用リスクはアウトソースできるが、修理業務のコントロール、顧客の使用状況や修理データ等の把握は難しい。
 導入目的から見れば、メーカーや販売店が、顧客対応の主体となって制度設計を行い、経験豊富な延長保証会社に業務委託し、適切な役割分担を行い共同で対応することが望ましい。メーカーや販売店にとっては、関連経費を軽減できるし、また延長保証会社は、多くの故障事例を基に修理を行うので過剰な部品交換なども防げて修理の最適化と費用の効率化が可能になる。また故障状況や修理履歴などの分析データは、メーカーの商品改善に反映できる利点もある。

顧客とつながり続ける「延長保証」


 一般的に、メーカー保証期間が終わると顧客との関係性は切れてしまう。しかし延長保証に加入していると、顧客側も「何かあったら相談しよう」との思いがあり関係性は継続している。顧客とのリテンションが大きな課題となる中で、これは有効な手法といえる。
 また最近では、顧客は「所有」ではなく「利用価値」に対価を払うという意識が拡大しており、利用価値を継続して担保することは顧客の安心感につながる。そして不具合が発生した場合でも、無償で迅速に修理してくれるのは嬉しい顧客体験となり信頼感が生まれる。この様な体験はロイヤル化にもつながる。その結果、買い替え時には、最初にブランド想起され、継続化の可能性も高くなる。最近では、「良いものを大事に長く使用する」という意識が拡大しており、これは環境面でも合理的な取り組みといえる。
 延長保証は、単なるアフターサービスの延長ではなく、顧客とのエンゲージメントを強化して顧客生涯価値を最大化する効果的な有償サービスといえる。

                             縄文コミュニケーション株式会社 福田 博

2020年01月10日

2020年01月10日

SDGsは生活者の心を掴む

 

 最近、街中でSDGsのピンバッジを付けている中高年男性サラリーマンを見かけるようになってきた。女性や若者に比べると地球温暖化などへの問題意識はそれ程高くなかったが、状況の深刻さに気付き賛同の意思表示を始めている。
 これまでも「資源と地球は有限」と考える学者や国際NGOなどが、人間の快適な暮らしと地球環境のバランスを保つために様々な警鐘を鳴らし、また多くの活動を行ってきた。しかし状況はより悪化し続けている。
この様な状況に危機感を抱く国連は、持続可能で多様性と包摂性(誰一人取り残さない)のある社会を2030年までに実現するため、途上国や先進国が一体となって取り組み、企業やNGOや地球市民が果たす社会的責任を分かりやすく目標設定したSDGs(Sustainable Development Goals、「持続可能な開発目標」)を採択した(’15年)。その目標は、貧困や飢餓、雇用、教育、ジェンダー、健康、エネルギー、気候変動、海と陸の豊かさ、平和などの17の領域と169のターゲットと多岐にわたる。生活者の関心が高い内容も多い。
 現実に、生活者は、日常生活の中での省エネやゴミ削減などは自分ごと化しているが、CO₂削減などの大きな課題は個人での対応は難しい。国はとなると、人も金もなく遅々として進まない。だったら積極的に取り組んでいる企業を応援しようと考える生活者が多くなってきているのだ。

SDGsに積極的な企業


 グローバル企業のネスレは、パーポス(存在意義)を「生活の質を高め、さらに健康な未来づくりに貢献します」と定義。そして’30年までの長期目標として、「個人と家族のため」「コミュニティのため」「地球のため」の3分野を設定し、栄養・健康・ウエルネス、水、環境サスティナビリティなどを注力課題として解決を目指す。同社は、これらの課題を、本業を通じて解決する「共通価値の創造(CSV)」に取り組み、社会価値と経済価値を向上させている。
 例えば、高齢化が進む日本では、安否確認が大きな課題だ。そこで簡単に美味しいコーヒーが飲める「バリスタ」に通信機能を実装。遠隔地の親がコーヒーを淹れると家族に知らせる「見守り」機能をソニー等と連携することで共創している。
 また同社は、’25年度までにプラ等の包装材料を100%リサイクル、あるいはリユース可能な紙などに変える。マイクロプラスチック廃棄物が環境を汚染し、それが魚や鳥などの体内に取り込まれ、最後は食物連鎖により人間に蓄積されて生殖機能などへ悪影響を及ぼすからだ。その他にも、コーヒー豆のフェアトレードなどの取り組みも積極的に行っている。同社は、SDGsの目標を支援することは、本業との親和性が高く、持続的成長につながると考えている。
 味の素は、創業以来、事業活動を通じて社会価値と経済価値を両立する取り組みを行ってきた。そして新たにグループの使命として「地球的な視野にたち、“食”と“健康”、そして、明日のよりよい生活に貢献します」を設定(’14年~)。また事業活動の方針として「ASV(Ajinomoto Group Shared Value)」を掲げ、生活者と地域と社会が協働して価値を共創することを狙う。具体的には、うま味調味料や栄養価と保存性の高い食品の提供を通じて健康問題などに取り組むなどだ。例えば、減塩が求められる地域では、減塩料理などのレセピを店頭で配布するなどして、生活者の食生活改善の提案を行う。また物流では、同業他社とも協働して物流の効率化を図りCO₂削減に取り組んでいる。
 金融セクターでは、SDGsに積極的に取り組む企業を評価する動きが拡大している。これまでは投資判断基準として業績面が中心だったが、SDGsと共通項が多いESG(Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治))の観点から、短期的利益ではなく企業の将来性や持続的成長性を評価して投資する動きだ。この投資理念は、国際金融の間では標準的な動きで、日本のGPIFなどもESG投資を拡大している。ESG投資は、社会的課題に取り組む企業の後押しをする投資を言える。

「三方よし」の文化を持つ日本


 日本は昔から自然と共生する意識は高く、また近江商人の「三方よし」(世のため、人のため、自分のため)の企業文化も定着している。例えば、先進的な経営者である松下幸之助氏は、昭和恐慌の悲惨な状況に直面した時に、自社の使命を「社会的な正義を実現する」(’32)とした。そして貧困解消の取り組みや「いいものを、たくさん、やすく、すぐに届ける」仕組みを作り、生活者の生活改善に貢献。その結果として世界的企業に成長したのだ。このように日本には、SDGsに共感する下地はすでにある。
 生活者の今後の購買意向を見ると、「環境・社会貢献活動に積極的な企業の商品を買う」は、平均で78.9%と高く、特に、50代、60代女性は9割を超える。また「生産・製造に携わる人の生活や人権に配慮した商品を買う」は、平均で77.9%と人権意識も高い。逆に、「環境や社会に悪い影響を与える企業の商品は買わない」は、平均で81.0%と多くの人が不買意向を示している(博報堂「生活者のサステナブル購買行動調査」、’19年)。
 この様に、生活者の環境や社会、人権等に対する意識は非常に高くなっており、環境や社会的な課題解決の取り組みは、企業への信頼を向上させ購買につながる。逆に、放置すればブランド力が低下し、ビジネス機会の消失にもつながるのだ。

SDGsを本業と並走させる


 現在、私達は、生活者の顕在/潜在ニーズに応えることに注力しているが、多くの場合、新たな価値を創出しても直ぐにコモディティ化してしまう。中長期的に生活者の心をしっかり掴むには、むしろ人間としての幸福や安心や快適なライフスタイルなどの普遍的な価値観を提案することが効果的だ。
 SDGsの共通目標は、「国際共通価値」として世界中の様々なステークホルダーに共有されつつある。特に、これからの未来を担うミレニアム世代やZ世代は、SDGsの目標に共感する意識は他の世代に比べても高い。企業としては、今まで以上に「世の中を良くする」取り組みが求められるのだ。
 企業は、自社の事業方針にSDGsの目標を重ね合わせることで相乗効果を創り出し、生活者からの共感と社員のモチベーション向上の獲得を狙う。その結果として、より一層の持続的成長につながるのではないだろうか。


縄文コミュニケーション株式会社 福田 博

2020年06月29日

持続的成長のためには低価格より高価格路線

 いつの時代でも、低価格路線より、高価格に見合う付加価値を創り続けている企業の方が業績は良い。企業は、長引くデフレ経済の中で、売上げや市場シェアを拡大するために常に値下げの誘惑にかられる。また原材料価格が高騰した場合でも、血のにじむようなコスト削減努力を行い、値上げを回避しようとする。
 しかし無理なコスト削減を続けると、企業体力を奪い新たな開発投資も難しくなり、縮小均衡に陥る。特に人件費の削減は、従業員のモチベーションを低下させるだけでなく、回りまわって日本全体の購買力を減少させる悪循環にもなる。
 生活者は、コモディティ化した商品には低価格を求めるが、「幸せな気分になる」「環境問題に熱心」などの付加価値を持つ商品やサービスに対しては、多少価格が高くとも受容する層が少なからずいる。


高付加価値化で復活


 メガネスーパー(’73年~)は、ピーク時には全国で550店を展開していた。しかし低価格路線を取るJINSなどの新興勢力に市場を奪われ苦境に陥り、ファンドが再生支援に入った(’11年)。同社の強みを再確認すると、検眼などの専門的ノウハウに優れている。また顧客層は40代以上が約7割と多く、老眼などの悩みを抱えていることも分かった。
 そこで同社は、価格競争から脱却し、中高年顧客層の目の悩みや課題を解決するために事業コンセプトを「アイケアカンパニー」と再定義。そして有料でも詳細な検眼や丁寧なフィッティングを行い最適な眼鏡を提供。また生活の中で眼鏡は、デスクワーク時や運転時など目的に応じて使い分けた方が、視力の最適化や負担の軽減につながるため複数眼鏡の提案も行う。さらに不満がある場合は、半年までなら何度でも無料でレンズ交換に応じる有料保証サービスも導入。その結果、平均購入単価は、倍以上の3.8万円にもなる。さらに老人ホームなどの「眼鏡難民」を対象に、眼鏡の販売や調整などの出張サービスを始める。外出がままならない入居者に喜ばれると同時に、新たな市場も開拓した。同社は、中高年層の老眼などの悩みにフォーカスし、高価格でも一人ひとりの顧客に手厚いソリューションを提供することで再生した。
 マクドナルドは、現在、外食産業の勝ち組みとなっているが、過去には、低価格路線による苦い経験を持つ。バブル崩壊後の90年代初期、牛丼やコンビニ弁当との競合が激化する中でマクドナルドは、客数増を狙い多店舗展開とカレーライスなどの多メニュー化を行う。そして平日60円、その後「59円マック」(’02年)などの超低価格路線を押し進める。これは生活者の支持を得て、デフレの勝ち組となった。しかしこの低価格路線を繰り返す中で、「安いマック」が定着しブランドイメージが大きく崩れて客離れが起きる。その結果、売上げも利益も大幅に低下し経営危機に陥る。
 再建のため、’04年にプロ経営者と言われる原田泳幸氏がCEOに就任。そして取り組んだのはサービス品質の向上、「100円マック」への値上げ、クーポン割引の多用などだ。この施策は、ある程度の集客増と売上増を実現したが、低価格路線は継承しており抜本的な改革には至らなかった。
 次に、サラ・カサノバ氏がCEOに就任(’13年)。その後、期限切れ鶏肉使用問題(’14年)が起き、深刻な客離れが広がる。この状況に、同氏と経営スタッフは、現場に赴き顧客や店側の意向を真摯に傾聴する。そして顧客と店舗スタッフの意見を取り入れ、顧客に嬉しい価値商品を新たに開発。原価上昇分は価格に上乗せする。またクーポンの乱発などは止めたり、古くなった店舗の改修などを行いブランドの回復を図った(’16年~)。
 例えば、「グランビッグマック」は、ビーフパティをビッグマックの1.3倍にして価格を540円に、またより魅力をアップした「バリューセット」などは、700~1000円と高価格に設定した。さらに夜もしっかり食事を取りたい人向けに「夜マック」も開発。これらの商品は、追加料金で量を増やしたり、またセットの充実は既存商品の組み合わせを行うなどで、開発費を極力押さえて客単価の向上を実現している。但し、低価格メニューも用意しており、顧客の離反は少ない。
 コロナ禍の状況で客数は8.5%減となったが、客単価は16.7%上昇。またデリバリーやテイクアウト、そしてドライブスルーの利便性向上努力もあり、売上高は、過去最高の5892億円(前年比7.3%増)となっている(’20年)。


独自の統合価値を創る


 高価格でも受容される商品やサービスには、共通の特徴がある。まず提供するコンセプト、即ち「ど真ん中の価値」が分かりやすく明快であること。次に、顧客の課題を解決する機能的価値に優れている。しかも多様化している顧客ニーズにきめ細かく対応している。
 そして「心をワクワクさせる」独自の情緒的価値を創り出し、消費や使用の楽しさも提供。さらに生活者の関心が高い社会的課題の解決にも積極的に取り組んでいる。この様な価値を市場の動きに応じて統合させ、割高でも納得できる魅力的なブランドを創り続けているのだ。
 今後生活者に支持される商品やサービスは、「コスパがいい」か、「心豊かになる」かが選択基準になる。「コスパがいい」のは、規模の経済が働く企業で、業界で1~2社程度だ。市場細分化が進む時代は、むしろ「心豊かになる」価値を開発して共感を抱いてもらうことが勝機につながる。


組織と個人のマインドセット 


 長引く不況の中で、日本企業は、コスト削減は得意技になっているが、逆に、独創的な価値開発力は劣化している。これでは市場で勝ち残れない。組織全体をダイナミズムのある価値創造組織に転換する必要がある。
 そのためには従業員一人ひとりが、生活者をより深く理解して価値開発に対する探究心を強化するマインドセットを行うことが不可欠だ。そして企業の役割は、個性や才能を発揮できる環境整備を行うことだ。
 また無駄なコスト削減努力は必須だが、低価格路線による開発投資や人件費の削減は、未来の成長機会を奪うことになる。行うべきことは、適切な利益を確保して顧客の心に響く価値開発投資を続けること。そして高価格でも価値に共感する顧客開発を行い、その市場を拡大することで持続的成長を目指すべきだ。

縄文コミュニケーション株式会社 福田 博


2022年06月16日

「本業消滅」の危機を乗り越える

 好調だった主力商品が、市場環境の変化などにより短期間で売上が激減する事例が少なくない。理由は、生活者ニーズの大きな変化、テクノロジーの劇的進化、優れた代替品の登場、業界に係る法改正、国際的なビジネスルールの変更、パンデミックや地球温暖化の影響などだ。もちろん経営の失敗もある。
 先行き不透明で変化の速いVUCAの時代、企業の持続的成長のためには、どの様な状況にも的確に対応し、新たな価値を創造し続けることが必須だ。その際に重要なのが、新たな価値を生み出す根幹となる生活者の好意度や技術、そして人材などのブランド資産だ。

「提供価値」を時代に合わせる

 ヤマハ発動機は、主力商品のバイクの出荷台数が’82年をピークに減少に転じる。その理由は、事故の増大、ヘルメット着用義務、軽自動車の普及などがある。
 しかし日本には坂道が多く、手軽に安全に近隣移動できる乗り物へのニーズは根強い。そこで同社はバイクを代替するヤマハらしい二輪車の開発を目指す。悪戦苦闘の末、免許やヘルメットなどの法的制約をクリアにし、こぐ力を増幅するドライブユニットを搭載した電動アシスト自転車「PASS」を開発した(’93年~)。そして新市場を素早く立ち上げるためブリジストンサイクルと提携。ヤマハからはドライブユニット、ブリジストンサイクルからは車体フレームの相互提供、そして販路の相互利用を行い人気商品につなげた。
 今やこの電動アシスト自転車は、共働きが拡大している背景もあり、幼児を送り迎えする子育てママ・パパの必需品になっている。この商品が支持されたのは、バイクメーカーとして培われた技術力とブランドへの信頼が大きな力となっている。
 富士フィルムは、2000年当時、コダックを超え世界一の写真フィルムメーカーになっていた。しかし経営は、「10年後は、デジタル化が拡大し写真フィルム市場は急速に縮小し消滅する」と予測する。同社は、この危機感をバネに、大胆な構造改革と新事業創出に着手する。
 新事業として意外だったのが、基礎化粧品「アスタリフト」(’03年~)の市場投入だ。しかし技術的な視点で見ると、高純度のコラーゲン、印画紙等の酸化防止、ナノテクなどはフィルムの加工製造技術であり、高機能化粧品には必須の技術だ。この商品は、その効果が実感され順調に売上を伸ばしている。またインスタントカメラ「チェキ」(’98年~)は、その場で見られるアナログの世界観が若者たちに人気になっている。これは韓国ドラマで話題になったのを活用して、競合が苦戦する中でも巧みなプロモーションで世界的なヒット商品に仕立て上げている。これらの商品が広く受け入れられたのは、技術力はもちろんだが長年に渡って培われたブランドの認知と好意度が大きく貢献しているからだ。
 サントリーは、’80年当時、絶好調だったウイスキーの出荷量が、わずか10年後の’90年には1/4に激減した。その理由は、酒税の増税、焼酎ブームや低アルへの嗜好変化がある。まさに本業消滅の危機だ。しかし同社には、「やってみなはれ」という企業文化がある。そこでNCAAや鉄骨飲料などの商品を市場投入するものの主力商品化することはできなかった。これらの失敗から学び、新たな手法としてヘビーユーザーの長距離運転手と行動を共にするエスノグラフィーなどを活用することで、缶コーヒ「BOSS」(’92年~)のメガヒットを掴み取る。その後、伊右衛門(’04年~)、オランジーナ(’12年~)などのヒットが続き、飲料・食品セグメントを主力事業化した。
 その後、ウイスキーは、「最初の1杯目からワイガヤで飲むハイボール」とポジショニングを変更し、この飲用スタイルが、若者層に受け入れられ復活を果たした。現在では、原酒が足りなくなるほどだ。同社の危機を乗り越えた原動力は、卓越したマーケティング力と成功までやり抜く覚悟があるからだ。

「顧客の成功」を考える
 

 企業が業績不振に陥るのは、生活者の変化に対応できていない場合が多い。生活者は、常に「不」を解消し、意味のある楽しく快適な生活を進化させたいと願っている。その時に重要な視点が、「商品の成功」ではなく「顧客の成功」を真摯に探求し続けることだ。
 現在は、社内R&Dだけでは限界があるので、視野や発想を拡大して、独自のノウハウを持つ外部企業やファン顧客との共創を行うことが効果的だ。特に、ファン顧客は造るプロではないが、消費/使用するプロであり、社員より商品の本質的価値を理解していることが多い。
 そして顧客に貢献する価値を生み出すためには、ヒト・モノ・カネなどの経営資源を市場環境の変化に対応して組み替えることだ。その中で最も重要なのはヒトであり、企業文化に裏打ちされた人財育成が必須になる。
 またマーケティングの視点では、顧客とふれあう機会を増やし、顧客との距離を短くし、消費現場に密着することが大切だ。そして今まではサイエンス(分析力、組織能力)が重要だったが、これからはアート(創造性、感性)をより重視することで顧客の本質を掴むことが求められる。

ブランドパーパスを明確にする

 現在は、企業の生活者に対する姿勢や社会への貢献が厳しく問われる時代になっている。特に、ミレニアル世代やZ世代は、企業の社会的役割や倫理性に対して敏感だ。
 この様な時代の中で持続的成長するには、商品だけでなく社会的な共感をも獲得する必要がある。そのためには神から与えられた使命的な「ミッション」ではなく、より上位の概念で、人間的で包摂性のある「ブランドパーパス」を明確にする必要がある。これは企業の内から湧き出てくるブランドの存在意義や志であり、全従業員の未来への指針であり、顧客対応の拠りどころとなる思想だ。
 大きな時代の転換期では、需給構造が変わるので市場の新陳代謝が起こることは必然だ。絶好調の主力事業といえども永遠はない。企業にとって大切なのは、ぶれない姿勢で顧客に提供する価値の約束を確実に守り、信頼感や期待感を蓄積し続けブランド力を高めることだ。万が一、本業が危機に瀕した時には、ファン顧客の想いや応援が再生のエネルギーになる。これは多くの企業が経験していることだ。

 

2021/11/25

縄文コミュニケーション株式会社
モモズプラネット顧問 福田 博 

 

2022年11月21日

「社内アイディアコンテスト」の仕組み作り

 市場の縮小や既存事業の低迷、またコロナ禍やインフレなどの大きな市場変化に対応するためには、従来型のR&Dや新事業開発の手法だけでは限界がある。そこで社員の経験や知恵を活かす社内アイディアコンテストを行い、優秀案を商品化しようという取り組みが多くの企業で行われている。
 最初の頃は応募者も少なく、単なるコンテストで終わり尻すぼみになることが多かった。しかし最近では、試行錯誤を繰り返す中で、商品化や事業化を支援する仕組みを整備するなどして成功に結び付ける事例が増えている。

新商品&新事業創出の事例 
 ネスレ日本では、主力商品のインスタントコーヒーの市場が縮小する中で、全社員の意識改革を図るため、またマーケティング力の向上を養うために全社員が新商品アイディアを出す「イノベーションアワード」を始める(’11年~)。これは仕事の中で顧客の課題を探索して解決策を考え,具体的な価値を提案するという内容。大賞の事例として、工場勤務の社員が発案した需要低迷期対応の「焼きキットカット」がある。これは夏場はチョコレートの売上が落ちるが、ビスケットは上がる傾向がある。そこで表面をトースターで少し焼き、焦げたビスケットとチョコレートの新しい食感を生み出し、売上が2割増大したというもの。この企画の優れた点は、追加設備投資は必要なく包材と広告で対応できることだ。その他にも、著名パティシエが開発に参加した「キットカットショコラトリー」など数多く提案されている。このコンテストの初年度応募数は79件だったが、現在では社員一人2案で約5000件にもなり、成長に欠かせない仕組みになっている。
 ソニーは、創業時から世の中にない画期的な商品を市場に提供し続けて世界的なブランドになった。しかし90年代後半には、経営戦略の失敗から危機に直面し、R&Dコストをも削減するなど負のスパイラルに陥った。新たに就任した平井CEO(’12~’18年)は、「エレキかエンタメか」などの不毛な争いに対して、「ソニーは感動をお届けする」というパーパスを明確にして経営の大改革を推し進める。そしてソニーらしいイノベーションのDNAを復活させるため、新商品・新規事業アイディアを社内募集し事業化を支援するCEO直轄組織としてSAP(Seed Acceleration Program)を立ち上げた(’14年)。これは一人の天才に頼るのではなく、普通の社員のアイディアから「あらゆる領域の感動を創り出す」全社的な仕組みだ。このプロセスは、「アイディアを創出する、Ideation」、「事業化を準備する、Incubation」、「事業化を支援する、Marketing」、「事業としてスケールさせる、Expansion」の4つのフェーズで、商品化や事業育成の経験豊富な人材が支援する。これまでにスマートウオッチ「wena」やキューブ型のロボットトイ「toio」など多く商品アイディアを事業化に結び付けている。現在は、SSAP(Sony Startup Acceleration Program)(’18年~)に進化させ、汎用性を持つこの仕組みを外販するほどになっている。
 ベンチャー企業の場合、創業時の主力商品だけに頼っているとPLCの衰退とともに企業も縮小するので、新たな市場を創造し続けることは必須だ。
 サイバーエージェント(‘98年~)は、「新しい力とインターネットで日本の閉塞感を打破する」をパーパスに、M&Aに頼らぬ「自前成長」を経営戦略に掲げている。その代表的な取り組みが、藤田CEOも参加する「あした会議」だ。これは担当役員が、社内人財4人を選抜してチームを組成し新規事業案をトーナメント方式で競うもので、着実に成果を出している。創業時は、一般的な社内コンテストを行っていたものの結果がでず、この仕組みに切り替えたのだ。この他にも、社員・内定者向けには、藤田CEOに直接プレゼンできる事業プランコンテスト「Cycomチャンネル」('19年~)など様々な社内コンテストが設けられ、社員の挑戦心を醸成している。これらの取り組みの結果、ABEMAやMakuakeなど32社の新規事業を生み出し、累計売上3,259億円、営業利益455億円を創出し、成長に大きく貢献している(’21年度、全社売上高6,664億円、営業利益1,043億円)。

社員のアイディアを実現する仕組
 社内アイディアコンテストには、隠れた才能やアイディアの発見、お蔵入りシーズの見直し、組織の壁を取り払い交流を促す、そして何よりも社員の能力向上や当事者意識を促すなど多くのメリットがある。但し、これらを実効性のあるものにするには、様々な取り組みが必要になる。
 まず目的を理解してもらい全社で共有を図ること。それを促すには、社員のスキルアップと応募意欲の向上のため、商品化に係る基礎知識から始まり、事業計画の作成、事業育成ノウハウなどを研修等で伝え自分事化してもらうこと。さらに優勝者への賞金、商品化リーダーへの抜擢などのインセンティブを明確にすることも重要だ。
 次に、審査基準の透明化と決断のスピード化を図ること。特に、新領域のアイディアは、経営陣にとっても判断が難しく、その場合は社外の専門家の参加も検討する。またクラウドファンディングで、顧客の評価や市場の反応を見ることも社内合意を得る根拠になる。そして新しいアイディアは、社内常識や既存のサプライチェーンを壊し反発も予想されるので、経営のコミットは欠かせない。

全社員がマーケッターの企業文化
 現在は、顧客や市場の大きな変化で、新しい現実が生まれて市場機会が生まれているが、社内常識や過去の成功体験に拘っていると掴めない場合が多い。予測が難しい市場の中で、異次元の顧客価値を開発し新市場開拓を行うには、社員の多様な視点や人脈、そして発想の力を活用することが効果的だ。
 そのためには社員の能力アップは大前提だが、その以上に社員のクリエイティビティを生み出す働き甲斐のある、また心理的安全性のある職場環境作りが重要だ。そして全社員が、顧客に寄り添い、顧客起点のマーケッターになるマインドセットを組織全体で行い、挑戦する企業文化を創ることだ。
 そして社内コンテストで成功を生み出す仕組みができると、今度は外部のアイディアを活用して価値を創発するオープンイノベーションも現実的になる。すでにP&Gなど多くの企業が、実行し成果を出している。これからの成長には、外部との連携強化を体質化することも必須だ。

2022/12/25

縄文コミュニケーション株式会社
モモズプラネット顧問 福田博

2023年10月16日